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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1334号 判決 1964年5月25日

控訴人 横山賢一

右訴訟代理人弁護士 田中義男

被控訴人 平岡イサノ

右訴訟代理人弁護士 橋本清一郎

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件家屋は被控訴人の所有で控訴人が占有使用していることは当事者間に争いがない。

二、控訴代理人は、右占有について権原があると抗弁するので判断する。

(一)  控訴人主張の控訴人は、昭和二七年二月二五日頃更改によつて、本件家屋の賃借権を取得したとの点について。

(1)  真野むめが昭和一五年八月七日被控訴人から本件家屋を賃借したことは当事者間に争いがない。

(2)  原審での控訴本人尋問の結果中には、右主張事実に副う供述があるが、控訴人の署名と印影の成立について当事者間に争いがないので真正に成立したものと推定される≪証拠省略≫と対比して、右供述は措信できないし、ほかに右主張事実を肯認することができる証拠はない。

(3)  したがつて、控訴人主張のこの抗弁は採用しない。

(二)  控訴人主張の控訴人は昭和二七年二月二五日頃真野むめと共同賃借人になつたとの点について。

控訴人が右事実を立証するため提出した乙第四号証の宛名に控訴人の名前が書かれているが、このことから直ちにその頃控訴人が共同賃借人になつたものとするわけにいかないことは前掲甲第六、八号証や、右平岡証言によつて明らかであり、ほかに右主張事実を肯認することができる証拠は見当らない。

そうすると控訴人のこの抗弁も採用に由ない。

(三)  控訴人主張の控訴人は真野むめの相続人として本件家屋の賃借権を相続承継したとの点について。

(1)  真野むめが昭和三七年七月五日死亡したことは当事者間に争いがなく、控訴人が真野むめの内縁の夫であり、昭二六年九月から本件家屋で同棲して互に扶け合い、真野むめが病床について死亡するまで約三年間その面倒をみたものであることは、成立に争いがない乙第一〇号証原審証人中尾慶三郎の証言や、原審と当審での控訴本人尋問の結果によつて明らかである。

(2)  しかし内縁の妻が死亡したとき、右のような関係にある内縁の夫であつても、内縁の夫がその財産を遺産相続することを定めた法条は民法にはない。もつとも真野むめの相続人があることが明らかでないとして相続財産が法人とされた場合は、控訴人は民法九五八条の三により特別縁故者として本件家屋の賃借権を与えられる関係にあるといえようが、それは未然のことに属するばかりか、後記のとおり、現在本件は相続人のある場合と判断されるから、控訴人が真野むめの有していた本件家屋の賃借権を承継取得したとする控訴人の抗弁は理由がない。

(四)  控訴人主張の控訴人は真野むめの相続人である姉真野よろが相続承継した本件家屋の賃借権を援用するとの点について。

(1)  真野むめには、戸籍上姉真野よろがあることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第五ないし七号証によると真野よろは真野むめの唯一の相続人で、明冶二八年二月二五日生れであることが認められる。もつとも、真野よろは真野むめの死亡当時行先不明でその生死も判然としないことが原審での控訴本人尋問の結果によつて認められる。しかし真野よろがその頃すでに死亡していたとの確証がない本件では真野むめの死亡により、その相続人である真野よろが、その遺産相続人として本件家屋の賃借権を相続承継したと認めるほかはない。

(2)  家屋賃借人である内縁の妻が死亡し、その内縁の夫であつた者が、その死後も引き続き家屋に居住してこれを使用している場合、その占有使用が内縁の妻の相続人としてその賃借権を相続承継した者の合理的意思に反する場合のほかは、右内縁の夫は、右賃借権を援用して、賃貸人に対抗できると解するのが相当である(最高裁判所昭和二四年(オ)第五七号昭和二五年七月一四日判決民集四巻三三三頁、昭和三四年(オ)第六九二号昭和三七年一二月二五日判決民集一六巻二四五五頁参照)。

(3)  本件において控訴人の本件家屋の占有使用が真野むめの死亡により本件家屋の賃借権を相続承継した真野よろの合理的意思に反するものであることを認めるに足りる証拠がないから、控訴人は右賃借権を援用して、賃貸人である被控訴人に対抗することができるものといわなければならない。

三、ところで被控訴代理人は、控訴人は本件家屋の二階の部屋を夫々訴外力丸忠良、保海恵子、土井杏子に無断転貸したから、被控訴人は、昭和三八年五月六日控訴人に到達した書面で本件賃貸借契約を解除したと主張するので判断する。

(一)  控訴人が右訴外人らに本件家屋の二階の部屋を転貸したことは当事者間に争いがない。

(二)  しかし、≪証拠省略≫によると、被控訴人は、昭和三七年三月一〇日右転貸借の承諾をし、従来の賃料一ヶ月金三、四〇〇円を、同年四月から一ヶ月金四、五〇〇円に値上げしたことが認められる(右認定に反する原審証人平岡タマヱの証言と原審での被控訴人尋問の結果は採用しない。)ばかりか、被控訴人が控訴人の無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借契約を解除した、その意思表示の相手方は賃借人である真野よろに対してではなく控訴人に対してであることは、その主張自体から明らかであるから、右解除の意思表示は、相手方を誤つたものというべく、したがつて、右意思表示は無効である。

(三)  そうすると、被控訴人のこの主張は採用に由ない。

四、被控訴人は、控訴人に対し真野むめが死亡した日の翌日である昭和三七年七月六日から本件家屋明渡しずみまで一ヶ月金四、五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求めているが、控訴人の本件家屋の占有使用が権原にもとづくものであることはさきに説示したとおりであるから、被控訴人のこの請求は主張自体失当として棄却するのほかない。

五、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は失当であり、これと異なり、その一部を認容した原判決は失当であつて取消しを免れない。

そこで民訴三八六条九六条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 日高敏夫 古崎慶長)

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